日本時間23日、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場で開催されたサウジカップ(G1・ダ1800m)は、坂井瑠星騎手が騎乗したフォーエバーヤング(牡4、栗東・矢作芳人厩舎)が先に抜け出した香港馬ロマンチックウォリアーをゴール前で捉えて優勝。3着が続いた海外遠征で待望の白星を手に入れた。
眠気を吹き飛ばす衝撃の光景が繰り広げられた。
1着賞金が約15億7000万円という世界最高額を誇るサウジカップ。ホワイトアバリオ、シエラレオーネ、ローレルリバーといった強敵が続々と回避を表明し、初優勝を狙うフォーエバーヤングに追い風となったが、陣営が最も恐れていたといっても過言ではないロマンチックウォリアーの参戦は不気味だったはずである。そして現実に最も大きな壁となってフォーエバーヤングの前に立ちはだかった。
レースは大外14番ゲートから好発を決めたフォーエバーヤングが内へ切れ込み、その気になればいつでも先頭に立てる絶好位のキープに成功。対するロマンチックウォリアーはライバルを前に見る少し後ろからの追走となった。
先行集団に大きな動きが見られなかったものの、4コーナー手前で先に勝負に出たのがロマンチックウォリアーだ。鞍上のJ.マクドナルドがキックバック、あるいは進路が塞がるのを嫌ったのかは定かでないが、馬群の外へとパートナーを誘導し、少しマクるような格好で仕掛けた。これには坂井もすぐに対応。抜群の手応えで先頭へ躍り出たロマンチックウォリアーを追撃する。
しかし、一瞬の加速はやはり芝馬にアドバンテージがある。瞬く間に2馬身ほどリードを広げ、追いすがるフォーエバーヤングを突き放してしまう。それは香港最強馬にとって、あまりにも見慣れたシーンであり、見ている側にも勝負ありと映った瞬間でもあった。
だが、観衆がざわつき始めたのは残り200mを過ぎたあたり。いつもならこのまま突き放すはずのロマンチックウォリアーとの差が徐々に小さくなっていく。懸命に粘り込みを図る王者に50m過ぎで並び掛けるとゴール寸前で交わしてしまったのだ。
レースラップについては、まだ公式の発表が出ていないとはいえ、マクドナルドのコメントによると「ロマンチックウォリアーの脚が止まったわけではない」とのこと。世紀のマッチレースが繰り広げられた一方、3着ウシュバテソーロは10馬身半も遅れてゴールした。本馬は昨年の同レースでアタマ差2着に入った実力の持ち主、4着ウィルソンテソーロにしても昨年のチャンピオンズC(G1)でレモンポップのハナ差2着だった馬である。いかに上位2頭が他馬を凌駕していたかを証明している。
また、この勝利でフォーエバーヤングの獲得賞金は、ウシュバテソーロ(25億6361万6400円)、イクイノックス(22億1544万6100円)に続く21億9350万2000円となり、歴代賞金獲得ランキングで3位に浮上。脂の乗った4歳という年齢を考慮すると、トップに立つのは時間の問題かもしれない。
ただ、敗れたロマンチックウォリアーのマクドナルドが潔く敗戦を認めていたとはいえ、個人的には少々勿体ないと感じた内容だった。
というのも、このレースに限ってマクドナルドは、坂井瑠星の術中にまんまと“ハメられたように映った”からだ。スタートさえ普通に出れば、坂井がインの好位を取りに行く作戦は想定内だっただろう。
だが、ロマンチックウォリアーは少し慎重だったのか、これより1列後ろのポジションで追走。ちょうど目の前にフォーエバーヤングを見る格好ではあるが、馬群に囲まれて身動きが取れない状況となった。
当然、そのまま我慢して直線で進路を探す選択肢もあった中、マクドナルドはあえて外へ誘導して仕掛けている。その間、フォーエバーヤングは終始馬なりで走っていた。その後の展開は先述した通り、ゴール前で着順が入れ替わった訳だが、もしあのまま外を回さずに競馬をしていれば、この逆転劇はなかった可能性もゼロではない。
何しろ坂井はロマンチックウォリアーの動きを見てから対応していたからだ。長くいい脚を使い続けたフォーエバーヤングに対し、爆発的な加速を見せたのがロマンチックウォリアーだ。
仮に我慢した結果、前が空いたかどうかはわからないが、あの馬の機動力を考えれば対応は容易だろう。そうすると、外からではなく後ろから追い上げる相手への対応もワンテンポ遅れ、ロマンチックウォリアーがリードを取るタイミングも必然的に遅くなったはずだ。そうなると捕まえ切る前にゴール板を通過されるイメージが浮かぶ。仮定の話をしても詮無きことであるが、着差が着差だけにそう感じたファンは私以外にもいたはずだ。
それだけに坂井の作戦と好騎乗は光る。結果的にライバルを封じ込んで、相手に「余計なひと手間」を作らせて勝利を勝ち取ったのだから。近走の海外遠征では鞍上の経験不足も指摘されたものの、その悔しさを糧に最高の結果を呼び込んだ。
そもそもG1を8連勝中の怪物に、その程度のアドバンテージで土をつけられる馬はそういない。気持ち的に同着にしたいくらいの息詰まる熱戦を見せてくれた両者に敬意を表したい。
その一方、デビューからダートを使われ続けたフォーエバーヤングに対し、これが初めてのダートだったロマンチックウォリアー。血統的に母父ストリートクライ、母母父シングスピールがドバイワールドカップの優勝馬であり、ダートをこなせるバックボーンはあった。走ってみないと分からなかったとはいえ、素晴らしい走りを見せてくれた。
これを踏まえた上で残念なことは、ロマンチックウォリアー陣営がドバイWCに心変わりすることもなく、当初の予定通り次走はドバイターフ(G1)が濃厚らしいことだ。自分がオーナーなら間違いなく再戦を望むところだが、「満足している」と言い切れるのも何だか清々しい。
そして、別の見方をするとサウジカップの舞台がダートはダートでもオールウェザーであり、芝馬でも好走可能な舞台設定だったことも見逃せない。こちらについてはオールウェザー時代のドバイWCをヴィクトワールピサ、昨年のサウジCをパンサラッサが好走したことでも間接的に伝わる。
であれば、当然ながらフォーエバーヤングの芝適性にも興味がわく。矢作師の目標は昨年3着に惜敗したブリーダーズCクラシック(G1)のリベンジだが、もしかしたら凱旋門賞(G1)でも好勝負可能な逸材ではないかという想いも生まれた。
スピードだけでなくパワーも求められる欧州の馬場にフィットするのは、大本命と考えられていたソットサスの全弟シンエンペラーよりフォーエバーヤングという可能性も僅かながら考えられる。このまま芝を使うことなくダート馬で終わらせるには、あまりにも惜しい。常識にとらわれない「世界のチームYAHAGI」なら、そんなウルトラCにも期待したくなった。
今年のサウジCでオールドファンとして思い浮かんだのは、競馬ファンにあまりにも有名な1996年の阪神大賞典(G2)。このときはマヤノトップガンと3コーナー過ぎからデッドヒートを演じたナリタブライアンがアタマ差で勝利。3着ルイボスゴールドはそこから9馬身も離された。
国内のG2と世界最高峰の国際G1を比較しても仕方がないが、今なお伝説の一戦として語り継がれるレースと同じかそれ以上の衝撃だったことも確かだ。
それにしてもこの数年で世界を席巻する日本馬のダートでの快進撃は隔世の感がある。我々が競馬を覚えた頃、芝ならまだしもダートで世界に通用する馬が登場するとは思いもよらなかった。
2020年にサウジCが創設され、クリソベリル(7着)、ゴールドドリーム(6着)、チュウワウィザード(9着)、テーオーケインズ(8着)といったG1馬たちが通用しない姿を目撃した際、ある種の安心感というか、やはり世界のダートは聖域なのだなと納得していた。
それがわずか創設4年後にパンサラッサが新しい扉を開き、ウシュバテソーロもドバイWCで続いた。この数年で具体的に何がどう変わったのかは言葉にできないが、明らかに認識のアップデートが必要な状況へと変化した。それも現在の最強馬は芝で活躍したリアルスティール産駒なのだから、これを血のロマンといわずしてどう表現できようか。
この世代はドゥラメンテ、キタサンブラックが突出した産駒を送り出したが、クラシックで無冠だったリアルスティールもまた名種牡馬として期待が高まる一方だ。



