武豊メイショウタバルが仕掛けた巧妙なトラップ…宝塚記念がなぜこれほど感動的だったのか
テンよし、中よし、しまいよし、武豊ヨシ!
阪神11R宝塚記念(G1)芝2200
15日、阪神競馬場で行われた上半期を締めくくるグランプリ・第66回宝塚記念(G1)は、7番人気の伏兵・武豊とメイショウタバル(牡4、栗東・石橋守厩舎)のコンビが見事な逃げ切り勝ちを演じた。
3馬身差の2着に1番人気ベラジオオペラ、さらにクビ差3着に10番人気ジャスティンパレスの入った3連単の払戻しは、なんと12万7550円の大波乱。1番人気馬が馬券圏内を確保したものの、1着3着が人気の盲点となった。
週末の雨模様で馬場の悪化を懸念された日曜阪神。そんなファンの心配をよそに好天に恵まれ、稍重まで回復した状態でレースが行われた。
しかし、もし不良に悪化していたとしても、この日のメイショウタバルを負かせる馬はいなかったのではないか。そう思えるほどの完勝だった。
武豊にしかできないレース運び
まさに「武豊の、武豊による、武豊のため」に用意された舞台といって過言ではないほど、56歳を迎えた天才の溜息が出そうなラップ刻みだ。積極的にハナを主張した馬もおらず、比較的すんなりと先手を取れたのも大きい。
入りの3Fを12秒4→11秒0→11秒4(34秒8)でまとめると、4Fから12秒1→12秒2→12秒2(36秒5)で息を入れる。そして残り1000mから少しだけペースを上げ11秒9→11秒9→11秒8→11秒7→12秒5(59秒8)と一分の隙もない作品を完成させた。
武豊本人の解説によると「基本的には先手を取りたいと思っていた」「速くしたくなかったし、スローも望んでいなかった」「馬の状態はとにかく良かったし、こういう馬場状態も気にはしなかったので、色々と上手くいったかな」とのことだ。
見た目としては、むしろベラジオオペラに持ってこいの展開にも映った。早めに好位に取りつき、直線半ばで先頭に立って押し切る競馬は勝ちパターン。ところが追走で脚を小出しに使わされ続けた結果、並び掛けるどころか突き放されてしまった。
スピード優先の良馬場なら、もう少し善戦できたかもしれないが、こうなるとスタミナがモノを言う。中距離までは誤魔化しの利くロードカナロア産駒も削り合いになると分が悪い。
というのも、改めて上位に入った馬たちの顔触れを見てみると、ステイヤー色の強い馬ばかりが好走していたのだ。
過酷な消耗戦がライバルのスタミナを削り続けた
ゴールドシップ産駒のメイショウタバルは、気性的な危うさこそあれど距離不安のないゴールドシップ産駒。ましてや一瞬の切れ味勝負ではない消耗戦は得意分野。3着ジャスティンパレスにしても天皇賞・春(G1)を制したズブズブのステイヤー、4着ショウナンラプンタもまた今年の天皇賞・春で3着に食い込んだ馬だった。
なぜこのような結果になったのかというと答えは簡単。武豊が緩急のない平坦なラップを刻み続けたからである。
大抵のレースは道中でどこかしらペースの緩むタイミングがあるのだが、先述したように武豊のそれは非常に落差の小さなもの。芝2200mの11Fで12秒台が刻まれたのは、わずか4回しかない。そう考えるとベラジオオペラの横山和生が、「本来なら問題なかったはず」の距離に敗因を求めようとした気持ちも分かる。ドゥレッツァやアーバンシックといった菊花賞馬もいたが、彼らは本質的にステイヤーとは言い難い。
筋書きのないドラマという表現どころか、終わってみればみな武豊の手のひらの上で転がされていた現実も浮き上がる。56歳にしてまだまだ現役でやれている秘訣が、この卓越した技術と経験による裏付けかもしれない。
また、別の意味で注目したいのは、やはりメイショウの勝負服でG1勝利を挙げたことだ。武豊とメイショウといえば真っ先に思い浮かぶのが、2008年の宝塚記念でエイシンデピュティの2着に敗れたメイショウサムソンだ。
本馬は前年の宝塚記念もアドマイヤムーンの2着に敗れており、この敗戦を気に石橋守騎手(現調教師)から武豊へ乗り替わり、この交代劇は当時も話題を集めた。期待された武豊自身も同年の天皇賞・秋(G1)を制したものの、その後は人気を裏切る結果が続いた。しかもリベンジを期した翌年の宝塚記念も惜敗してしまった。
そんな経緯のあった石橋守と武豊が、今度は調教師と騎手の関係でタッグを組んだのがメイショウタバル。メイショウの松本オーナーはケガによる成績不振で社台やノーザンから干されたレジェンドに変わらずバックアップし続けていた恩人である。これに武豊が燃えない理由はない。
オーナー、調教師を巡る人馬の繋がりと縁
かといって、昨年断然人気で不可解な凡走を喫したドウデュースと違い、今年の武豊に負けられないというほどの悲壮感はなかったはずだ。
こちらについては本人も「嬉しすぎますね。涙が出そうになるくらい嬉しかったです。馬がつないでくれる縁というか、人がつなぐ馬との縁というか、そういった事を感じますし、色々な思いがあります」と振り返った通り、目先のG1勝利より「人馬の縁」に感慨深いものがあっただろう。それはゴール後に見せたガッツポーズにも表れていたと思う。
そしてこれは感動のシーンを目撃したファンにとっても同じだろう。もちろん、武豊とメイショウタバルを応援して馬券が的中したならベストとはいえ、ハズしてしまった人間までなぜか一緒に喜んでしまっている。それが武豊という存在というよりない。
本来ならこれで終わってもいいのだが、やはりメイショウタバルの前任者である浜中俊、それとジャスティンパレス、ショウナンラプンタ、チャックネイトと鮫島克駿の因果関係には、触れざるを得ない。
武豊だってこれまで一度もミスをしたことがない完璧な人間でもない。だが、成功と失敗の比率と舞台設定でイメージは全く違ってくる。そういう意味で浜中と克駿には残酷すぎるシナリオだったと感じる。
それでも擁護し切れないのは、彼らが手綱を取っていたとて、これ以上の着順を残せたかという問いに疑問符がついてしまうからだ。
浜中俊、鮫島克駿に残酷な現実
結果論を承知でモノを言うと、メイショウタバルがベストパフォーマンスを演じられるのは、逃げる展開に持ち込めたケースでおそらく間違いない。しかし、それには折り合う技術やパートナーとの信頼関係も求められる。
克服することを諦め、迷いの消せない騎乗を見せた浜中俊に武豊の真似などできないだろう。前走のドバイターフ(G1)で意外なほど折り合った姿に驚きつつも、ただ逃げるだけでは足りないのだなという想いもあった。だが、わずか一度のコンビで最適解を導き出したのは武豊だからこそ。その辺はやっぱり浜中俊なのだ。
頭ごなしに否定する気はないのだが、ナムラクレアにしろソウルラッシュにしろ今回のメイショウタバルにしろ、他の騎手に比べられることを避けられない結果だったのは間違いない。
もう一人の鮫島克駿も、おそらく勝てたジャンタルマンタルの朝日杯FSを降ろされた不運は仕方ないにしても、天皇賞・春の早仕掛けは相当印象を悪くした。
流れが悪い時というのはそういうのが連続するもので、M.ディーに乗り替わったジャスティンパレス、主戦を任されていたショウナンラプンタ、騎乗予定だったにもかかわらずチャンスを失ったチャックネイトが揃って好走。だからといって克駿のせいではないのだが、浜中と同じく乗り替わったからこそ好走したと見られても仕方ない因果関係もついて回った。
人馬の関係について一旦切り上げ、レース全体の話に戻ると実に見応えのある内容だったことは確か。実際、馬券はハズレてしまったが好騎乗、いや神騎乗を見せたレジェンドの勝利を素直に喜ぶことができた理由でもある。
レースコメント
上位人気に支持されながら凡走してしまった馬については、各騎手のレースコメントにて察しをつけていただければ幸いだ。急に手を抜くな?仰る通りで(笑)
1着メイショウタバル 武豊
「嬉しすぎます。涙が出そうになるくらい嬉しかった。基本的には先手を取りたいと思っていました。ただ、どれくらいのペースで行ったらいいのか、どれくらいの感じで馬が走るというのはスタートしてみないと分からなかったので、色々な迷いもありました。ある程度各馬が早目に仕掛けて来るのかなと思っていましたが、4コーナーを回る時の手応えも良かったので、リードを取った時に何とか押し切ってくれ、という気持ちでした。今日は応援していただいてありがとうございました。たまにはこういう馬が勝つのも良いのではないでしょうか」※馬にも力がないとこのレースは出来ない
2着ベラジオオペラ 横山和生
「もしかしたら調教で早く止まったところなどに夏負けの兆候があったかもしれません。一歩目が昨年ほどではありませんでしたが、進みの悪さというか鈍かったです。それでも上手に競馬をして外に出して、勝ち馬が頭を上げたところで早めに捉えに行きましたが、こちらが止まっているというより勝ち馬が伸びている感じでした。距離もこなせないわけではありませんが守備範囲から少し外れていたかもしれません。ただ内容の良い、良い内容の競馬でした」※何とか敗因を探そうとしているが完敗。認めたくないんだろうけど
3着ジャスティンパレス M.ディー
「調教の成果もあり、ゲートの中はおとなしかった。スタートもしっかり切れました。ブリンカー効果もあり、道中もハミをしっかり取ってくれました。ポジションは馬のリズムに合わせて運びました。向正面でアーバンシックが見えたのでそれをターゲットにしながら直線では良い進路に出したいと思いました。それに応えて最後はいい脚で伸びてくれました。この馬と関係者に感謝したいと同時に、勝てなかったことが残念です」※ディーは思ったより冷静で巧いかもしれない
4着ショウナンラプンタ 幸英明
「最後まで良く伸びてくれましたが、前が残る展開でした。悔しいですが力は見せてくれました」※幸は展開任せでハマるかどうかだけ
5着チャックネイト D.レーン
「パドックでレース前に落鉄して付け直した時に気持ちが昂りました。コーナーも、道中も、ロスなく回ることができて、直線しっかり伸びてくれました。いい競馬をしてくれました。やわらかい馬場への適性も見せてくれました」※さすダミアン君
6着ソールオリエンス 松山弘平
「スタートは五分に出てくれましたが、行き脚がつかず後方から。無理してついていくと持ち味が発揮できないと思いました。逃げ馬が勝つ展開で頑張って追い込んでくれて、まだまだやれる馬だと思います」※動かなくていいと思う
11着レガレイラ 戸崎圭太
「ポジションは良いところを取れ、道中はリズム良く運べました。3、4コーナーぐらいから手応えが怪しくなりました。前にベラジオオペラがいたのでちょうど良いかと思いましたが、(脚が)溜まっている感じはありませんでした。緩い馬場がもうひとつだったのか、久々もあったのか、はっきりしたところはわかりませんが、また改めてですね」※有馬はクソスローだったから真逆の展開
14着アーバンシック ルメール
「ちょうどいいレースができました。いいリズムでした。でも、3コーナーから忙しくなって、進んでいかなくなりました。ギアが上がりませんでした。馬場の影響もあったのかもしれません」※別にいんだけどさ、地方でもいいからルメカスは馬券買ってみなよ
15着ローシャムパーク 菱田裕二
「ゲートを出てから考えようと思っていて、思っていた通りのスタートが切れました。道中は楽なポジションで運べました。ただ、4コーナーから脚色が怪しくなりました」※もっとやれると思った
17着ヨーホーレイク 岩田望来
「ポジションは良かったですが、本来の走りではありませんでした。もしかするとあまり状態が良くなかったのかもしれません。やりたい競馬はできたと思います」※追い切りは抜群だったし、馬場も向いていたと思う。また脚をやってなければいいが…